駅舎の2階がホテル(オーロラハウス)で、部屋の窓からホームが見えます。 右側が通常の車両です。 ふるさと銀河線についてふるさと銀河線は北海道唯一の第3セクター方式の鉄道として、北見市に本社のある北海道ちほく高原鉄道株式会社(解散しました)が運営していました。同社の出資金の80%は地方自治体によるものでした。路線名は公募で決まりました。路線は、北見市から池田町まで1市6町村を結び、第3セクターとしては国内で最長の140キロ、駅数は33ありました(北見と池田はJRと共同使用)。
ふるさと銀河線(若林伸一氏)を参照させて頂きました。
2001年度は7月31日〜8月5日にJR北海道の復活蒸気機関車C11 171号を「SL銀河号」として走行させました。 沿線に有力観光地も余りなく、人口が少ない地域を走っていますので、通学高校生や車を運転できないお年よりの足にはなっていますが、経営は厳しいものがありました。 松本零士氏デザインラッピング車両ラッピングとは
ラッピングとは、車体にペンキで直接書くのではなく、巨大なシールを貼ったものです。このシールはインクジェットのプリンターで水に強い特殊なインクで印刷されます。 作業は先ず、シール裏面ののりしろを剥がし、車体に張り付けます。ラッピングシールは、少し大きめに作られていて、不要な部分は、カッターで切り取ります。 銀河鉄道999ラッピング車両
2002年11月、ふるさと銀河線に2両の松本零士氏デザインのラッピング車両が出来ました。イベントも終わって、12月は切り離されて、通常の輸送に使われていました。何日の何時の車両がそうなのかはかっては同社のホームページ(今はありません)で発表されていました。 陸別へ出張
2002年12月3日、出張でJRと銀河線を乗り継いで陸別(寒いのと銀河の森天文台が有名です)へ移動しました。快速銀河号に乗るので、同社のホームページで調べると「メーテル黄」に当たっています。もう一台は「メーテル白」です。帯広と池田の間はJRの根室本線を走ります。この間は各駅停車でJRの2両の後に連結されていました。 車両の内部は
乗り込んでみて吃驚したのは、飲み物の自販機があったこと。値段も外と同じで缶で120円。これは便利です。写真ではまだJRの車両と連結されています。池田で切り離し、向きも変わります。
網棚の上にも、松本零士氏デザイン絵が貼ってあります。皆が網棚を使うと見えなくなってしまいます。
松本氏のサインです。日付は2002年11月2日。「車掌さん」はファンが多いですね。でも銀河線はじめローカル線は殆どワンマンカーで車掌さんがいない。 作者メッセージ
上の写真でちらっと文尾が見える文章は、「夢を抱いて走る宇宙」 夢は終着駅に必ず着く というものです。ちほく高原鉄道のホームページのトップにも書いてありました。作者のメッセージは同ホームページにありましたが、今は見られません。全線の3分の2位の長さを乗ったでしょうか、16時に陸別へ付きました。行き会う上り下りの運転者さんが話をしています。 出張で乗る機会のあった、ふるさと銀河線とそこを走る松本零士氏デザインラッピング車両についてご紹介しました。 すでに各種報道でご承知のように、ふるさと銀河線は、2006年(平成18年)4月21日に廃止されました。 この3枚の写真は、別館の壁紙プレゼントに置いてあるものですが、こちらからもダウンロード可能です。クリックすると別ウィンドウに大きい画像が表示されます。
[作成:2002年12月8日、レイアウトと写真のリンク先変更:2003年11月3日、
リンク修正、銀河線廃止日の追記と壁紙プレゼントの画像の表示:2006年3月15,19日、 ちほく高原鉄道のホームページ廃止により修正:2008年5月7日] |