江差駅プラットホーム(2010年1月29日)
江差駅プラットホーム(2010年1月29日)

北海道の頭端駅3

 行き止まりで、そこより先の無い駅のことを頭端駅と言います。文字通りの終点の駅で、とても旅情をかき立てられます。
 JR北海道には頭端駅が10駅あります。写真はすべて揃いましたので、順次発表します。

 なお、本シリーズ作成には、2008年春まで私が産業医をしていた応用地質(株)札幌支店の増田博昭さんのご協力を頂いています。



江差駅

江差駅駅舎(2008年6月25日)
江差駅駅舎(2008年6月25日)

 江差町は檜山支庁所在地で、江差追分で知られています。
 JR江差線は五稜郭〜江差間79.9kmで、函館湾岸を走り、木古内町から山間部を横断して日本海岸の江差に至ります。青函トンネル開通により津軽海峡線が開業して、五稜郭木古内間は電化されました。
 2008年6月25日、当地で仕事中の夕方、ホテルから歩いて江差駅へ行きました。コンクリート製の駅舎です。

待合室 待合室
 待合室は広いです。
 17時少し前に着いた時は窓口は有人でしたが、窓口の営業は17時までで、帰りには閉まっていました。

車止め 車止め
 ホームに出て、車止めを撮りました。草が生い茂っています。
 江差駅は夕方に着く函館からの直通便をたまに使いますが、暗いのでタクシーでホテルに向かい、このように駅の写真を撮ったことがありません。

江差駅プラットホーム(2008年6月25日)
列車のいない江差駅プラットホーム(2008年6月25日)

 列車のいない江差駅プラットホームです。
 線路の端に車止めがあります。

上ノ国側を見る 上ノ国側を見る
 1面1線のホームから上と反対側の上ノ国町方向を見ました。
 隣駅は上ノ国で、この間だけが日本海沿岸を走ります。

ちょっと淋しい時刻表 ちょっと淋しい時刻表
 待合室にあった時刻表です。
 1日6往復と言うことが判ります。よく乗ってくるのは18時42分着の便です。

 江差は明治初期まで、ニシン漁と北前船によるその取引や檜材交易で栄え、江戸時代には3万人の人口を誇りました。今は人口は9千人強です。
 もっと大きい街、例えば紋別市や中標津町は鉄道が廃止されていて、便数の少なく高価な空路か時間の不確かなバスで行くことになり、大変不便を感じます。
 本数が少なくとも鉄道があるということは有り難いです。

夕張駅

モダンな夕張駅舎(2009年9月23日)
モダンな夕張駅舎(2009年9月23日)

 2009年9月23日に夕張を訪ねました。石炭の歴史村前にある花畑牧場売店を訪ねてから夕張駅に行きました。駅舎はとてもモダンな感じです。

 夕張駅は石勝線夕張支線の終着駅です。写真のお洒落な駅舎は、1990(平成2)年にホテルマウントレースイ前に移転した3代目駅舎を、2009年小樽市のログハウスメーカー「トベックス」に無償で全面改修と維持管理を受けたものです。

車止めとその先のホーム 車止めとその先のホーム
 小さい駅舎を出ると、連絡通路の横に線路と車止めがあります。連絡通路の先、画面中央にホームが見えます。ここも1面1線です。
 左の白い建物が、冬の観光を支えるホテルマウントレースイです。

ホームから見た車止め
ホームから見た車止め

 ホームの駅舎側の端から駅舎を撮りました。
 右がホテルマウントレースイです。このホテルのそばに移転する前の2代目駅舎は、石炭の歴史村付近にあった初代駅舎を、1985(昭和60)年に市の中心部の市役所付近に移転させた物でした。数両の貨車の車体を転用したそうで、今とは全く趣きが違います。

駅車内の待合室 駅車内の待合室
 待合室ではこの日は二人のボランティアの方が観光案内をしていました。
 夕張市は変なことで全国的に有名になりましたが、応援団も出来ました。

斜め前から見た夕張駅舎
斜め前から見た夕張駅舎

 斜め前から見た夕張駅舎です。
 駅舎の手前側は7月17日に開店したイタリアンカフェ「ルーチェ・ソラーレ」です。
 この間の経緯を取り上げた asahi.com:夕張駅舎に再興の芽 イタリアンカフェ開店 をご覧下さい。(時間が経つとリンクが切れるかも知れません)。

駅の隣の屋台村 駅の隣の屋台村
 駅のホームに隣接して屋台村があります。
 これは上記トベックスが民有地250平方mを購入して建設した木造平屋建て「ゆうばり屋台村」です。1日9往復の夕張支線の乗客増に結びつきますか・・・

次のページは新十津川駅と新千歳空港駅です。

[作成:2009年10月17日、江差駅に列車が入線している写真を追加:2010年5月6日]

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