積雪の駅前広場、正面が函館駅(2009年1月26日)
積雪の駅前広場、正面が函館駅(2009年1月26日)

北海道の頭端駅6

 行き止まりで、そこより先の無い駅のことを頭端駅と言います。文字通りの終点の駅で、とても旅情をかき立てられます。
 JR北海道には頭端駅が10駅あります。9駅が終って最後を飾るのは函館駅です。

 なお、本シリーズ作成には、2008年春まで私が産業医をしていた応用地質(株)札幌支店の増田博昭さんのご協力を頂きました。



函館駅

右は駅舎の時計です(2009年1月26日)
右は駅舎の時計です(2009年1月26日)

 駅の左側、列車が入ってくるのと反対側は 函館朝市 で、手前の建物は どんぶり横丁市場 です。
 後に函館山が見えます。駅の正面は駅前通で市電が走っています。

駅舎全景(2008年11月27日)
駅舎全景(2008年11月27日)

 この日、たまたま駅から見て右前の建物に仕事で行きました。そこからやっと撮れた駅舎全景です。船の形がイメージされています。
 この駅舎が完成した2003年に作成した、北海道の旅・函館と道南の新函館駅に詳しい紹介があります。駅舎内部や旧駅舎の写真もありますので、是非ご覧下さい。

改札口(2009年4月22日)
改札口(2009年4月22日)

 2009年4月22日、夕方の特急で札幌へ出る際に函館駅の頭端駅らしい写真を何枚か撮りました。
 改札口です。背後は待合ホールになっています。
 ここを通って直進する連絡通路から、頭端式4面8線のホームに入れます。

連絡通路(2009年4月22日)
連絡通路(2009年4月22日)

 通路へ入って、1,2番ホームへの曲がり角の所から先を撮りました。
 8番ホームまであるのは、北海道では札幌駅(5面10線)に次ぐ多さです。現旭川駅は4面7線で、かつ富良野線の6,7番ホームは他の線から100mほど離れています。
 正面突き当たりは喫煙室で、ガラス張りなので喫煙者がよく見えます。通路左側の壁画(レリーフ)は流政之氏の「きのうの敵はあすの友〜箱館解放・1868〜」です。

通路からプラットホームを見る(2009年1月26日) 通路からプラットホームを見る(2009年1月26日)
 写真は、このシリーズのトップページでも使った物の再掲です。
 連絡通路からプラットホームを見たところで、同じ平面です。自動扉も付いています。
 本当のバリアフリーです。

 駅の構造はこちら をクリック。

通路の窓から車止めを見る(2009年4月22日) 通路の窓から車止めを見る(2009年4月22日)
 2009年4月22日、通路の窓から車止めを見たところです。
 6番ホームは八戸行きの特急白鳥(昔のはつかり)、7番ホームは札幌行きの特急スーパー北斗です。電車と気動車の特急が並んでいます。

ホーム側から見た車止め(2009年4月22日) ホーム側から見た車止め(2009年4月22日)
 車止めを7番ホーム側から撮りました。
 連絡通路からホームまでは近いです。車止め標識までの線路には、砂利が盛ってあります。

5,6番ホーム(2008年10月27日)
5,6番ホーム(2008年10月27日)

 色々な日の写真が混在していますが、地元駅だからです。
 5番ホームは特急スーパー北斗、6番ホームは八戸行きのスーパー白鳥です。スーパー白鳥はJR北海道所有の電車特急で、後にデビューするL特急スーパーカムイ(旭川〜札幌)と同じ系列の車両です。

5,6番ホームの中央で(2008年9月7日)
5,6番ホームの中央で(2008年9月7日)

 別の日の写真で、上の写真より先に進み、キヨスクも越えてホームの中央部分を撮りました。中央に飾られている円形の物は、かって青函連絡船で使われていた銅鑼(どら)です。
 函館駅のプラットホームはかなりきついカーブになっています。

7,8番ホームのキヨスク(2010年1月24日)
7,8番ホームのキヨスク(2010年1月24日)

 7,8番ホームのキヨスクです。5,6番ホームにもあります。札幌駅以南で、ホームにキヨスクがあるのは函館駅だけと思います。
 札幌への特急が11本、八戸への特急が10本あります。利用者も多いと思います。

SL函館大沼号(2008年7月21日)
SL函館大沼号(2008年7月21日)

 春と夏にはSL函館大沼号が運行されます。
 これは2008年7月21日にホームにいるところを撮った物で、興味がありましたらSL函館大沼号'08夏をご覧下さい。

無くなったもの

駅の上にクレーンが見えます(2009年6月16日)
駅の上にクレーンが見えます(2009年6月16日)

 函館港のシンボルだった旧函館どっく大型クレーン(ゴライアスクレーン)2機は、かっては少し離れると駅舎の上にこのように威容を誇っているようでした。
 これは2009年6月に撤去解体されましたので、今はありません。詳しい経過は、函館と道南の函館港ゴライアスクレーンをご覧下さい。

駅裏の海岸から見た摩周丸(2009年7月3日)
駅裏の海岸から見た摩周丸(2009年7月3日)

 青函連絡船が80年の歴史を閉じたのは、青函トンネル開業の1988(昭和63)年です。北海道大学に在籍していた頃は、高学年になって空路を利用するまでは、毎年何回も連絡線で津軽海峡を渡り、愛知県の実家に帰省しました。
 その頃はホームの跨線橋から延びた連絡通路を渡って、桟橋から乗船しました。今は函館側には写真右の摩周丸(函館市青函連絡船記念館)が残されているだけです。
 連絡線廃止後も跨線橋は残っていましたが、新駅建設に伴い撤去されました。
 懐かしく思い出す方も多いと思われます。

 線路が終る駅まで旅してみたいものですね。

[作成:2009年11月3日、キヨスクとSLの写真追加:2010年5月6日、
銅鑼(どら)の記述追加:2011年3月28日]

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